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浦和家庭裁判所 平成3年(少)3137号 決定 1992年6月30日

少年 N・Y(昭和48.9.11生)

主文

少年を浦和保護観察所の保護観察に付する。

理由

(非行事実)

少年は、平成2年7月27日午後9時10分ころ、業務として自動二輪車(以下「少年車」という。)を運転し、埼玉県上尾市○○×丁目××番××号先道路(一般県道○○線)を○○方面から△△方面に向け、時速約100キロメートルで進行するにあたり、ハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、他人に危害を及ぼさないような方法で運転しなければならない業務上の注意義務があるのにこれを怠り、仲間の自動二輪車に追いつくために更にスピードを上げようとして変速ギアを4速から3速にシフトダウンし、スロットルを勢いよく手前に引いて急加速を開始したとたん、ハンドル操作を誤った過失によりバランスを崩し、少年車を左右に振れさせ、のち左傾させたまま左斜め方向に滑走させ、進路左側歩道上(車道の境界付近)に横断のため犬を連れて立っていたA(当時19歳、以下「被害者」という。)に少年車或いは自己の身体を衝突させて跳ね飛ばし、よって同人に対し全治不明の脳挫傷、外傷性脳内出血等の傷害を負わせたものである。

(法令の適用)

刑法211条前段

(本件再送致について)

本件は、当庁において、平成3年4月8日少年法20条により検察官送致決定をしたところ、検察官は「本件事故は、被害者が被疑者車両の進路上に進出したことを主因として発生した疑いが存するなど、犯情比較的軽微と認められる上、被疑者は未だ18歳で本件過失を全面的に争っていること等に照らして、被疑者を刑事処分に付するのは相当でないと認められるので、貴裁判所において然るべき保護処分を行われたい。」との理由で、平成3年10月14日当庁に再送致してきたものである。

上記検察官の再送致の理由は必ずしも明確ではないが、要するに、本件事故は被害者が車道に飛び出したことが主因で惹起した疑いがあり、これは「犯罪の情状等に影響を及ぼすべき新たな事情」にあたるので刑事処分は相当でない主旨と解せられる。

しかしながら、後記「当裁判所の判断」において述べるとおり、検察官主張のごとき事実は認めることはできないから、本件再送致は、少年法45条5号ただし書の再送致の要件を欠くものというべきであるが、本件非行の時から既に2年近く経過しており、これ以上手続を遅延させることは好ましくないので、あえて再度の検察官送致はしないこととする。

(当裁判所の判断)

少年は、本件事故について、当裁判所が認定したとおりの過失を認めているが、本件事故と被害者の傷害との間の因果関係について争っているので、以下この点につき検討する。

1(1)  少年の交通事故について

関係各証拠によると、少年は、平成2年7月27日午後9時ころ、バイク仲間のB、Cと自動二輪車を連ね、一団となって走行を開始したこと、一般県道○○線を○○方面から△△方面へ向け進行し、午後9時10分ころ、約100キロメートル毎時の速度で埼玉県上尾市○○×丁目××番××号先道路(以下「本件事故現場」という。)に差し掛った際、他の2人に遅れてしまった少年は、追いつくために加速しようとギアを4速から3速にシフトダウンし、スロットルを勢いよく手前に引いたとたんハンドル操作を誤ってバランスを崩してしまったこと、少年車は左右に振れ、左傾したまま左前方に斜走し、車道と歩道を区別している(植込みの)縁石〔別紙「交通事故現場図」(以下「別紙図面」という。)<8>点〕に衝突し、ここから左方へバウンドし(植込み、歩道を越えて)、残土置場の盛土中段付近に落下し(別紙図面<9>点)、更にバウンドして畑の中に転倒停止した(別紙図面<1>点)こと、少年自身は、少年車が前記縁石に衝突する以前に車道上に転落し、転がって別紙図面<5><6>点付近に停止し(少年の散乱物から推測)、少し先(△△方面)にある中華料理店「○○」まで素足のまま歩いて行き、同店前の石段に左肩から血を出して虚脱状態で坐っているところを、店の人からの通報で出動した上尾消防署の救急車によって救助された(弁護士○○作成のDの陳述録取書、Eの司法警察員に対する供述調書)ことが認められる。

(2)  被害者の傷害及びその前後の状況について

ア 消防士長○○作成の上尾消防署救急活動記録表及びFの司法巡査に対する供述調書によると、被害者は、平成2年7月27日午後9時16分、別紙図面<ア>点において、右側頭部及び口腔内より出血し、意識不明の状態で右側臥位に倒れていたところを、Fの駆け込み通報を受けて出動した上尾消防署西分署の救急車によって救助され、○○病院に収容されたことが認められる。

○○病院医師G作成の診断書及び同人の司法警察員に対する供述調書によると、被害者の主たる傷害は頭蓋骨前頭部が骨折して脳挫傷を負っていることであり、他にも顔面の右側部分に挫創、擦過傷、右肩に打撲傷、両手の甲に擦過傷があること、G医師は右頭部の傷害は、跳ね飛ばされて平なところに叩きつけられて生じたものと推認していることが認められる。Hの上申書(平成3年8月3日付け)によると被害者の意識は現在に至るも回復していないことが認められる。

イ Iの司法巡査に対する供述調書によると、被害者は予備校生で、毎晩犬を連れて約20分ないし25分散歩することを日課としていること、本件事故の日は午後8時50分ころ、犬を連れて出掛けたことが認められる。

(3)  事故直後に現場を目撃した本件事故現場付近の住民の供述について

ア Jの司法巡査に対する供述調書、前記Dの陳述録取書によると、D、J夫妻は、事故当日の午後9時過ぎ、複数のバイクが△△方面へ走り去り、その1、2秒後にもう1台のバイクが走って来て転倒した大きな音やヘルメットの転がる音を聞いたこと、事故だと判断して直ちに道路に出たところ、ヘルメットや靴が転がっているのを見つけ、更に道路を横断して、倒れている被害者と少年車を見つけたこと、D、J夫妻は、事故当日の夜はとても静かであったうえ、生後3か月の乳児が寝ており静かにしていたので、外部の小さな物音でも聞くことができる状況であったが、本件事故以前には酔っぱらいが騒ぐ声も、誰かが喧嘩するような声も異常な物音は全く聞かなかったことが認められる。

イ K、Fの各証言及びFの司法巡査に対する供述調書によると、K、F夫妻は二階寝室に居たところ、午後9時過ぎころ、東側県道上で複数のバイクの音がして、うち1台のバイクの音が変わり、その直後に「ドン」という衝突音を聞いたこと、すぐに二階の窓からのぞき、Kは、犬が鎖をつけたまま交叉点の一本南側の道路を東方へ〔被害者の自宅方向になる。(Iの司法巡査に対する供述調書添付図面)〕走って行くのを見たこと、Fは、土盛りのあたりに土煙りが上がっているのを見たこと、2人はすぐに道路へ出て土煙りの方へ歩いて行き、その途中被害者が血を出して倒れているのを見つけたことが認められる。

(4)  少年と一緒に走行していたC、Bの供述について

Cの司法巡査及び検察官に対する各供述調書及びBの司法巡査に対する供述調書によると、C、Bは、走行途中、少年が来ないことに気付き、中華料理店「○○」から約100メートル位先のところで停止し、2、3分待ったが来ないため引き返えしたこと、停止し、引き返えす途中2人は、△△方面へ走行する車両を1台も見なかったことが認められる。

2  以上認定の諸事実を総合判断すると、被害者は事故の日の午後8時50分ころ、犬を連れて散歩に出掛け、午後9時10分ころ、本件事故現場の道路を横断するため<10>点付近に立って少年らの自動二輪車の通過を待っていたところ(少年車の走行経路は別紙図面<2>、<8>、<9>、<1>の各点を直線で結んだ線上と認められるところ、<10>点付近は少年車の進路に近接していること、被害者の倒れていた<ア>点とも比較的近いこと、交叉点には横断歩道も信号機も設置されておらず、被害者が倒れていた歩道を北から南へ歩いて来たとすると、わざわざ交叉点まで行って横断する必要はなく、植込みの終った<10>点付近で横断しようとすることは、被害者宅の位置からみて不自然ではなく、<10>点付近を衝突地点と推認する。)、最後に走行して来た少年車が、突然バランスを崩して左斜めに滑走し被害者に衝突して跳ね飛ばし(被害者の身体に衝突による傷が認められないので、少年の身体が当った可能性が高い。)、前記の傷害を負わせたものと推認せざるを得ない。

なお、検察官は、衝突地点を交叉点内と推測し、被害者が飛び出した疑いがあると言うが、これは、少年が、実況見分(司法巡査○○作成の平成2年8月13日付け実況見分調書)の際に、「この付近で何かにたたきついたようだ」と交叉点内の一地点を指示したことを根拠としていると思われる。しかし、高速度でバランスを崩し、必死になってハンドル操作をしていたであろう少年が正確な場所を指示できるとは考えられない。

少年車は、C、Bの自動二輪車の遅くとも数秒後に走行して来ており、いずれも約100キロメートル毎時の高速度で走行していたものであるから、散歩途中の被害者が、その間を縫って横断しようとしたとは到底考えられない。

したがって、検察官のいう被害者が飛び出した疑いは存しないというべきである。

(処遇の理由)

少年は、平成元年3月中学を卒業し、以後稼働していたものであるが、親の注意を無視し、毎晩のごとくバイク仲間と暴走行為(指定速度毎時40キロメートルの道路を100キロメートル近くで走行)を繰り返し、本件事故を惹起するに至ったものである。

被害者は、大学受験を目ざして真剣に勉強に取り組んでいた前途ある少年であったが、本件事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負い、現在に至るも意識が回復せず植物人間の状態である。

少年は、当初被害者の傷害は自己の交通事故によることを認めていたが、その後態度を変え、因果関係を否認するに至った。しかし、被害者の傷害は、少年の交通事故によるものと認めざるを得ないことは、前記「当裁判所の判断」において説示したとおりである。

以上少年の要保護性の高さ、結果の重大性等を考慮すると、少年を施設に収容し、矯正教育を施す必要性も充分考えられるところであるが、本件非行の時から既に2年近く経過していること、その間に少年も徐々に生活態度が改善され、無暴運転も見られなくなってきていること等を考慮すると,この際少年を保護観察所の保護観察に付するのが相当である。

なお、保護観察に付するにつき、交通一般処遇を勧告する。

よって、少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡村道代)

〔参考〕 抗告審(東京高 平4(く)145号 平4.9.4決定)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、申立人らが連名で提出した抗告申立書<省略>に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、少年の自動二輪車の運転行為によって被害者Dに傷害を負わせた事実はないから、少年について業務上過失傷害の非行を認定した原決定には、重大な事実の誤認がある、というのである。

そこで、一件記録を調査して検討すると、

1 少年は、平成2年7月27日午後9時10分ころ、埼玉県上尾市○○×丁目××号先道路を○○方面から△△方面に向け、自動二輪車(以下「本件バイク」という。)を運転して時速約100キロメートルで走行中、ギアを4速から3速にシフトダウンし、スロットルを引いて急加速した直後バランスを崩し、本件バイクは、左に傾いた状態で左斜め前方に進行して道路脇の縁石に衝突し、路外の土盛りでバウンドして畑の中に転倒停止し、その途中少年は車道上に投げ出された(この一連の事故を以下「本件事故」という。)こと、

2 本件事故発生直後、付近住人が事故現場に駆けつけたところ、原決定添付図面<省略>(以下「図面」)という。)<ア>地点の歩道上にAが頭から血を流して倒れていたが、Aの頭蓋骨骨折の傷害は、跳ね飛ばされて平らなところに叩きつけられて生じたものと認められること、

3 倒れていたAを挟むようにして、その約1.7メートル○○寄りの歩道上(図面<3>)及び約2メートル△△寄りの歩道上(図面<4>)に、本件バイクのカウリングのプラスチック破片2個が落ちていたこと、

4 本件事故当時、Aは犬を連れて散歩をしていたが、事故発生直後付近住民が、事故現場付近から犬が運動用紐をつけたまま走り去るのを目撃していること、

5 本件事故発生前、事故現場付近において、Aが受傷する原因となるような交通事故や喧嘩等の出来事があった形跡は、全く窺われないこと、

などの各事実が認められる。

以上の事実関係に加えて、本件バイクのカウリングのプラスチック部分は、右2個の破片が落ちていた場所よりも○○方向で破損したことが明らかであるところ、そのような場所でカウリングのプラスチック部分が破損し、その破片が被害者の倒れていた地点付近に落下した原因としては、Aとの衝突以外の事情は考えられないことからすると、Aは、本件バイクのカウリングと衝突し、跳ね飛ばされて歩道上に転倒したものと推認することができる。

少年は、捜査段階から終始、本件事故の過程で、Aや同人の連れていた犬を見た記憶がない旨供述している。しかし、少年は、時速100キロメートルもの高速で進行中の本件バイクに乗車していた上、前記のように運転を誤り、走行の自由を失って狼狽していたので、Aらに気付かなかったこともあり得ないではないし、また、現場道路に残されたタイヤ痕、塗膜片、擦過痕などの痕跡からすると、本件バイクが急加速してバランスを失った直後に路上に投げ出されてしまい、その後左に傾いて進行する、運転者のいない本件バイクにAが衝突した可能性も多分にあり、少年がAらを見た記憶がなかったからといって、本件バイクとAとが接触しなかったことの根拠とすることはできない。

なお、原決定は、Aが図面<10>付近の歩道上(車道との境界付近)にいたとき本件バイクと衝突したと認定しているところ、衝突時Aが車道内にいた可能性が強いと認められるが、たとえそうであるとしても、少年の過失を否定する理由となるものではない。

したがって、Aの受傷は、少年運転の本件バイクとの衝突に基づくものと認定できるから、原決定の認定に所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。(原決定中、法令の適用として「刑法211条前段」とあるのを、「平成3年法律第31号による改正前の刑法211条前段」と訂正する。)

よって、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 横田安弘 裁判官 小田健司 河合健司)

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